
音楽はいつでも自由に演奏し、聴きたいもの。
でも、住宅事情を考えたとき、防音設備を整えるとなると閉塞感が漂ったり、デッドな響きに
なったり・・と、実際には無味乾燥な音空間になっている例が多いようです。
作曲家の三善晃さんはこれらをクリアし、理想的な音響空間を実現しました。
豊かな音空間は、より豊かな生活を実現させてくれます。
三善晃さんの美しい音楽はここから生まれたのです。
(芸術現代社『音楽現代'08 12月号』より転載)
三善 晃さん
1987年建設当時、本体の建設とは別に私の部屋を作ってもらった。本体とドッキングするのに、さぞ苦労したことと思う。しばらくは2台ピアノを置いて、青森ヒバの香り高い吹き抜けの2階から音楽を楽しむ趣向で、ここで随分レッスンもした。
いま、ピアノは1台に、2階は蔵書部屋になって、当時広く思われた部屋も何となく手狭に感じられる。書きかけのデッサンや贈書類がたまってしまったからだろう。
それでも内部からの音は全く外に漏れないし、外からの騒音も聞こえない。床下の換気扇は今でも作動しているし、青森ヒバもいい色になった、密閉性と閑静さということに関しては、この空間は絶品だと保証してもよい。ただ、こちらの年齢と仕事の在り方の変化に、同一の環境がどう適応するか、という当事者の生き方に関わる工夫が求められるのだろう。必要最小限のものをうまく配置すればいい部屋になる、もともといい建築なのだからそれが生きる、家人も本人も、そう言っている。(2008年11月)
設計者 鈴木泰之
先生は自室のことをSTUDIOという言い方をされていた。フランスでは、ごく自然な呼び方なのだと当時理解した。
天井が2階分もあり、青森ヒバの板を張り上げたり、いろいろな提案をさせていただいたが、一考した後「その通りにお願いします」というのが決まり文句だった。一つだけご自身で設計されたものがある、20数種に及ぶ楽譜棚である、いただいたスケッチ画を正式な図面におこすと寸分たがわずに完璧に納まる計算された図だったことが印象的だった。
実はもう一つご自身の設計を思い出した。2階分のおおきな壁面につくブラケット照明である。木の箱をつくって中に裸電球をいれてアッパーに先を出す単純な物であるが、不思議にも空間にマッチした。柔らかで自然な照明になった。それまでのSTUDIOとは、正反対の響きのある設計のSTUDIOになったわけで、実は工事中から内心心配していたのだか、いわく「弦や木管の学生が大喜びしていました」とのお言葉であった。
豊かな響きと、クリアーで明確な響きは両立するのだということを再認識出来る部屋づくりに参加出来て、感謝の念が湧いてきたことを思い出します。